こんにちは、幸福の科学です♪

bdays777.exblog.jp
ブログトップ

<   2009年 09月 ( 4 )   > この月の画像一覧

わずか数十年ではありますが、この地上生活のなかにも、私は一定の意味合いを認めています。
人間は、まったく無意味なことを繰り返すだけではありません。
「この世に生まれてくるには、生まれてくるだけの理由がある。この世の数十年の人生のなかにも、それなりの役割や目的がある。人間は、何かを学ぶために、この世に生まれてきて、そこで学んだものを持って、実在の世界、本来の世界に還る存在なのである」
これが根本的な考え方なのです。
したがって、私は、この世を完全に否定しているわけではありません。「修行場、教育の場、魂を磨く場として、この世は非常に大切な場である」ということを認めています。
「この世において、魂が数多くの糧を得て、喜びを感ずることは、非常に幸福な生き方である。そして、その生き方が、あの世での幸福にもつながる」と言っているのです。

(大川隆法『霊的世界のほんとうの話。 スピリチュアル幸福生活』〔幸福の科学出版刊〕エピローグより)


※「にほんブログ村」宗教カテゴリに参加しています。応援のクリックを頂けたら嬉しいです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
[PR]
by beautiful-days777 | 2009-09-30 01:04 | 経典より
「この世で努力して身につけたものは、死後の世界に持っていくことができる。死後の世界においても自分の人格が生き続ける」と思えばこそ、努力することに意味があり、その努力が素晴らしく思えるのではないでしょうか。
「死ねば何もかもなくなってしまう」と考えるか、「死後も人格は残る。一生懸命に努力していれば、死後も、素晴らしい活躍が続けられる」と考えるか。
あなたは、どちらに賭けますか。どちらに賭けたほうが、あなたは幸福になれると思いますか。
(中略)死後の世界があることについては、私は、はっきりとした証拠を持っています。死後の世界があることに賭けたほうが、あなたにとって幸福な人生となることは間違いありません。
自分にとって、どちらの考え方に幸福があるかをよく考え、受け入れるべきものは受け入れ、冷静に知識的学びを行っていくことが大事だと思います。
ほんとうの世界を知り、「どのような生き方をすれば、どのような世界へ行くのか」ということを知れば、少なくとも、死後の世界を恐れる必要はまったくなくなるのです。

(大川隆法『霊的世界のほんとうの話。 スピリチュアル幸福生活』〔幸福の科学出版刊〕プロローグより)


※「にほんブログ村」宗教カテゴリに参加しています。応援のクリックを頂けたら嬉しいです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
[PR]
by beautiful-days777 | 2009-09-27 18:25 | 経典より
インドには、仏陀が入滅した二千五百年前から、「仏陀が二千五百年後に再誕する」という予言が遺っています。インドの仏教徒は、現在では数が減りましたが、彼らの間で仏陀再誕の予言が語り継がれているのです。
一九五六年は、ちょうど、その二千五百年後に当たる年とされ、インドだけでなく世界中の仏教諸国で、仏陀入滅二千五百年の記念式典が執り行われました。
その一九五六年に、私はこの地上に生まれてきたのです。「新しい法輪を転じる」という、ただ一つの目的のために。
教えというものは、普遍性のある内容のものであったとしても、二千年か三千年かたつと、やはり、時代の変化に耐えきれず、旧くなっていく部分は数多くあります。
そのため、九次元世界に住んでいる私たち、すなわち、諸如来の上に立つ者たちは、二千年か三千年あたりを一つの区切りとして、新しい宗教を起こすために、この地上に再び還ってきます。新しい文明を起こすという使命を持って生まれてくるのです。
その人生の長さは、普通の人の人生と変わらない、わずか数十年のものであることがほとんどですが、その普通の人と同じ人生の時間のなかで、数千年のちまで遺るだけの、事業の核になるものをつくらなければなりません。

(月刊「幸福の科学」271号 大川隆法総裁スペシャル・メッセージ「『宗教のすすめ』① 伝道の原点にあるもの」より)


※「にほんブログ村」宗教カテゴリに参加しています。応援のクリックを頂けたら嬉しいです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
[PR]
by beautiful-days777 | 2009-09-17 20:43 | 月刊「幸福の科学」より
私は、自分の執務室に「不惜身命(ふしゃくしんみょう)」と書いて貼っています。
「不惜身命」には、二通りの意味があります。
弟子が「不惜身命」と言う場合には、「仏陀のために、この体も命も惜しまない。もちろん、財産も惜しまない」というような気持ちのことをいいます。
仏陀が「不惜身命」と言う場合は、「仏法のために、身命を惜しまない」という意味です。
だから、私は、今、「大川隆法、最後の戦い」と思い、「一日一生」のつもりでやっています。「どこで事切れたとしてもかまわない」と思って巡錫をしているのです。
私は「不惜身命」でやっています。私も命懸けですから、みなさんも命懸けでやってください。
「今、世界のなかに、幸福の科学以上の宗教はない。世界最高の宗教は世界最高になるべきだ」と思っているので、必ずそうなります。思いは必ず実現します。この言葉は必ず実現します。時間は十年、二十年、三十年とかかるかもしれませんが、「必ず世界一の宗教になる」と、私は信じて疑いません。
「世界一になるまでやめるな。子々孫々、闘い続けよ」──これが、私からみなさんへのメッセージです。

(『不惜身命 大川隆法 伝道の軌跡』〔幸福の科学出版刊〕「われ、仏法のために、身命を惜しまず」より)


※「にほんブログ村」宗教カテゴリに参加しています。応援のクリックを頂けたら嬉しいです。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
[PR]
by beautiful-days777 | 2009-09-11 15:42 | 経典より

幸福の科学の教えから、一人ひとりの幸福、そして社会全体の幸福につながるヒントをお届けします。幸福の科学の一会員による未公認ブログです。


by beautiful-days777