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「文春」に未来はあるのか?

実は、私が月刊『文藝春秋』を初めて読んだのは、小学校一~二年生の頃である。早熟な少年ではあるが、徳島県の実家の離れには、「直木賞候補」に二度なった小説家の伯母が住んでおり、私はよく遊びに行っていた。夜は自宅で、「文春」や「新潮」、「講談社」などの毎月の新作小説について、父や伯母、兄や私が食後に批評座談をやっていた。田舎の天才文学少年であったのである。
東京で作家活動するよう、出版社に口説かれて上京する伯母の中川静子を、阿波川島駅まで見送ったのは、もう四十六、七年も前になろうか。夜行列車だったような気がするが、いつまでもいつまでも駅のホームで手を振り続けた。
東京のホテルでカン詰め状態になりながら、編集者につつかれて、伯母は連載小説を書き続けていたが、一年ばかしで出版社とけんか別れして帰ってきたので、また駅まで出迎えに行った。伯母が、編集者に、「小説に男女のからみをもっと書け」「恥毛の一本一本まで目に見えるように克明に描写しろ」と言われ続けて、「悪しき商業ジャーナリズム」「売らんかな主義」と訣別すると批判していたのが印象的だった。その後、彼女は郷土作家になり、郷土の歴史をていねいに調べ上げて、「徳島新聞」などに毎日連載して、その一生を閉じた。
私も、妻よりも蔵書を愛した男である。十何万冊はある書庫を、ボーッと瞑想しながら回遊するのが好きである。出版社には何の恨みもない。
今回、心ならずも、文春の創始者であり、「直木賞」「芥川賞」の創設者でもある菊池寛を批判する立場になってしまった。
言論は自由である。しかし、ここまで書物文化を愛している人を傷つけ、メシの種にするのは、誇りある出版社としては自殺行為なのではないか。良質の作家も、良識ある読者も失ってしまうのではないか。「文春」に未来はあるのか。じっくりと考えてみたいと思う。

(大川隆法『「文春」に未来はあるのか ――創業者・菊池 寛の霊言』〔幸福の科学出版刊〕「まえがき」より)


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by beautiful-days777 | 2012-08-10 09:58 | 経典より

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